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唐澤 千恵美(からさわ ちえみ)

■1980年4月2日(水)生まれ(申年 おひつじ座)

■血液型 A型

■長野県塩尻市在住(出身地:長野県松本市)

■建築資材卸売業の父と西洋陶芸家の母のもとに三女として生まれる

2級ファイナンシャルプランニング技能士

母親向けセミナー講師、小冊子執筆、NPO法人マネースプラウト公認「おこづかいゲーム」インストラクター

こんにちは。

小6・小4・4歳の息子3人の子育て真っ最中の唐澤千恵美です。

私と同じように子育て世代の方々に向けて、

「賢いお金の殖やし方」「おこづかい」をテーマにした子どもの育て方やこれからの教育資金について、プロの立場からアドバイスをしております。

サービスメニュー

効果的にお金を増やせていける方法を教えて欲しい

お金を上手に使って増やせる大人に成長できる「おこづかい」のあげ方を知りたい

こどもをやる気にさせる言葉のかけ方が知りたい

子どもの教育資金の貯蓄方法について相談をしたい

失敗しない住宅ローンの組み方・住宅ローンの見直しの相談をしたい

とか

夜泣きの対処方法が知りたい、などなど。

【私の理念】

あなたの無駄な時間とムダな出費を減らして、

有益な時間とお金に変える。

私の仕事はそんな素晴らしいことができる。

 

だからこそ、1人でも多くの女性に「買いたいけれども我慢しているもの」があれば、出費を増やさずに買う方法をお伝えして毎日の生活を豊かにワクワクするものにして欲しいと思っています。

【学校】

聖十字幼稚園(年少)、本郷南幼稚園(年中・年長)

松本市立旭町小学校

松本市立旭町中学校

長野県立松本深志高等学校

明治学院大学経済学部経営学科(Fiesta Tennis Mates テニスサークル)

Travel Training Career Centre,Toronto,Canada (観光学専攻)

誕生〜幼少期

  4月2日生まれということで、学年の中でも一番先に生まれたお姉さん気取りで幼少時代を過ごしました。体格もよく、姉が2人いたこともありマセていた子供です。

 母から聞いた話です。幼稚園の頃に園バスから自宅に向かって歩いてきた私を迎えに出たところ、雨が降っていたので濡れていないか心配したようです。入園したばかりで園の帽子をとても気に入っていた私は、自分が濡れるのも気にせずに帽子が濡れないようにお腹に隠して歩いてきたそうです。今自分の子供がこんな姿を見せたらたまりませんね。ギューッってしてあげたくなります。

笑いっぱなしの小学生〜中学生時代

 本当に周りの人に恵まれていると感じている人生です。小学生、中学生時代も楽しい友人達に恵まれ、「箸が転がっても笑っている」そんな幸せな思い出しかありません。小学生の頃に好きだったのは、定番の「光Genji」。あっくん推しでした。姉たちとテレビの音楽番組をカセットテープに録音して擦り切れる程に聴いていました。初めて自分で買ったCDは、ドリカムの「晴れたらいいね」です。今聞いてもとても晴れ晴れしくて元気のでる楽曲ですね。中学生の頃は突如解散間近のユニコーンにはまりました。CDや関連の雑誌、ミュージックビデオなど、ありとあらゆるグッズも買い集めた記憶があります。クラスにいた、唯一のユニコーンファンだった「おりーちゃん」と盛り上がったのも楽しかったなぁ。中学の卒業文集の将来の夢は、「奥田民生の愛人」。なんて中学生なんだ、全く(笑)。

 小学生の頃から好きだったバレーボールも、中学生になると厳しくなり、「楽しくやりたい」私と、「勝ってナンボ」が目的の部活との間では溝が深くなってきました。「負けて悔しくないのか!」と今では体罰のような仕打ちを受けても「・・・別に。」とエリカ様級の答えしか出てきません。一緒に頑張ってきた仲間や、先輩が引き留めてくれましたが、「楽しめない」ものには残念ながら力は注げません。「もう、やめる。」と決断した私ですが、あの時の決断力があったから今の私がある、と言えるくらいに「自分よりも強いもの」に対して勇気を持った瞬間だったと思います。

 部活をやめたのが中学2年生。何か一つ部活に入っていなければいけないという規則があり、友人のいる「化学部」に入れてもらい、日々いろいろな物質によって化学反応が起こる実験を楽しんでいました。そうこうしているうちに、そろそろ受験の時期になりました。志望校は下の姉が進学していた高校に決定。なぜなら、なにやらとっても楽しそうだからです。「自由」が校風で、制服なし、校則なし。高校卒業したらこんな田舎出て東京の大学にいく!そのために一番近道になりそうな高校を目指す事にしました。中学3年生、15歳の1年間が今までの人生の中で一番勉強に力を注いだといっても過言ではないかもしれません。その甲斐あって志望校に無事合格しましたが、入ってみると周りのレベルの高さに愕然としました。でも、みな個性的で魅力のある人達ばかり。

自由すぎる高校生時代

  勉強じゃ勝てないなら、もう楽しむしかない!と別の方向に舵を切り、かねてから希望していたオーストラリア、ケアンズへの春休み語学留学へ向かいました。成田まで見送ってくれた家族とバイバイしたらあとは異国で一人です。ケアンズの空港にはホストマザーが迎えに来てくれているはずでしたが、あれ?・・・いない。理由は夜中着予定の飛行機が3時間ほど遅れ、空港で待っているうちに待合室で寝てしまったとのことでした。3週間のケアンズ語学留学は、グレードバリアリーフでシュノーケリングしたり、スカイダイビングをしたり、気球に乗ったり、クラブに行ったり・・・留学??遊学でした。でもこの経験を通してかなり度胸がつきました。そうこうしているうちに、楽しい楽しい高校生活も、地元から脱出するための大学受験に向けて動き出さなければいけません。「受験勉強は、もうしたくないんだよな。」と考えていた私は、浪人する気もなく、推薦入試へとターゲットを定めます。しかし、残念ながら指定校推薦を得られる程の成績ではなかったので、自己推薦の道を探ります。今思うと、ゴールを決めてしまえば、そこまでの一番効率がよくて短い道のりを探す、という能力は昔から長けていたのかもしれません。志望校を決めれば、あとは必要な準備をするだけ。自己推薦は英語、小論文、面接の3つでしたので、これをみっちり教えてくれる講師の元で対策を練り、準備を進めました。さすがプロは近道を知っていますよね。講師の名前は忘れてしまいましたがとても感謝しています。

世界に溺れた大学生時代

  さぁ、横浜にて楽しい大学生活がはじまりました。全国各地から集まってくる学生たち。とりわけ仲良くなったのは、一人暮らしをして頑張る地方出身者たちでした。お好み焼きパーティーをやれば、「大阪風」「広島風」「長野風」と、地域ごとの違いがあって、過ごした時間は数年で短かったですが、とても絆が深い関係を築くことができました。なかなか会えないですが、今でも大切な仲間達です。

  大学4年生を1年間休学して、カナダの観光学専門学校に留学をしました。最初の1か月お世話になったホストファミリーは、とても料理が上手なアイリッシュ系のおじいさんと、親日家のポーランド系のおばさまでした。同時期にいたのはスイス人の女の子。夕飯の時には一生懸命に私の話す事を理解しようとしてくれて、言い回しを教えてくれたり、とても大切にしてもらいました。「日本なんて出て行ってやる!」と思っていましたが、実は自分の生まれ育った国の事を全然知らないことに気づきました。「あれ?日本てすごいな。」と感じることが多くなり、海外に出たことがきっかけで、日本への愛着が生まれてきました。ボランティアでは、「日本語を教えて欲しい」人を募集し、かわりに英語を教えてもらうというミニ語学教室を立ち上げました。専門学校のディプロマ取得と同時に、そろそろ日本に帰る時期がきました。「世界一周をしたい」という夢がありましたので、物理的ではありますが、来たときとは逆の方向から日本に帰ることにしました。

  カナダのトロントをクリスマスに出発し、イギリスのロンドンで留学仲間と落合いました。そこからヨーロッパ12か国をバスで周遊する2週間の「コンチキツアー」に参加しました。年末年始はオランダで過ごし、ヨーロッパの観光名所を次々に巡っていきます。驚いたのは、イタリアではパスタが前菜としてでてきたこと。日本で食べるパスタもいいけど、本場のパスタは絶品でした!2週間、毎日違うホテルを泊まり歩くので、かなり疲れます。参加者は世界中から集まった若者ばかり。最年長は30歳のアメリカの教師でした。今同じ旅にでる体力はないので、若いときに経験できてよかったな、と思います。

  コンチキツアーも終わってロンドンに戻り、留学仲間と「また日本であおうね」と別れて、次はロンドンに留学中の大学の先輩とギリシャに向かいました。首都のアテネでずっと見てみたかったパルテノン神殿で古代文明に思いをはせます。つぎは水車と白い建物と青い屋根が印象的なミコノス島へ。ギリシャ料理も、サラダにオリーブオイルをかける「グリークサラダ」など、絶品でした。

  ロンドンに戻ったら、いよいよアジアに向けて出発です。タイのバンコクに入り、ここでも大学の友人と待ち合わせをしていました。今から15年以上も前の話です。海外で使える携帯電話もあまり普及はしていません。町のネットカフェで確認できるメールだけで友人と連絡を取り合っていました。次の目的地はインドのタージ・マハルです。インドは好きか・嫌いか分かれると言いますよね。人生観が変わるともいわれます。そうですね、王が愛する妻のためにつくったという、「タージ・マハル」は行く価値があると思いますが、色々あったので・・・もうインドには何があっても二度と行きません。でも、インドのカレーは大好きです。わざわざインドまでいかなくても、近所にあるインド料理店「リスタ」のカレーを食べれば本場の味を楽しめます。それで私は充分なのです。。。インドから逃げるように、なんとかタイ航空バンコク行の便にのった時、タイ人CAの笑顔を見たらホッとして涙がでました。それだけインドの旅は壮絶だったのです。一緒にいってくれた友人に感謝です。

  さて、バンコクに着いたら友人は留学先のバンクーバーに戻って行きました、ここからはバンコクを拠点にして一人で東南アジアを回ります。ラオスにいってお坊さん4人乗りの原付バイクに驚愕したり、カンボジアのアンコールワットの夕焼けを見たり。日本に帰る前夜は、タイマッサージのスペシャルコースとタイ料理を満喫しました。

  大学4年に復学し、一足先に社会人となった友人たちの姿をみながら将来のことを考えていました。この時点で25か国をまわり、「自分はまだ旅行がしたいのか?」「外国で働きたいのか?」「英語を使いたいのか?」就職活動とともに、本当に自分がやりたいことの自問自答がはじまります。

こんな私があなたの役に立てることは何か?

    新卒の 私がたどり着いた答えは、「仕事や旅行で海外に行って頑張る人が安心して過ごせるように日本から応援したい」という思いでした。海外渡航者向けの携帯電話レンタルの先駆けであった株式会社テレコムスクエアに入社し、個人・法人向けの携帯電話を成田・羽田空港カウンターにて確実に受け渡しする為のオペレーション業務を担当していました。
   結婚を機に何か家計に役立つ勉強をしようと、当時話題だった国家資格であるファイナンシャルプランニング技能士を取得しました。自宅が近かった損保ジャパン情報サービス㈱に転職し、家庭との両立に取り組んでいましたが、夫と「子どもは田舎で育てよう!」と話した結果、長男出産を機に塩尻市にUターンをしました。子育てサークルを立ち上げる等のママ活動に没頭しながら、次男出産後に外資系保険会社代理店として独立しました。その6年後、三男出産を経て現在所属している乗合代理店に移籍し、3人の男の子を育てるファイナンシャルプランナーとして、お母さん向けの小冊子の執筆や、おこづかいゲームの講師など、「お母さんと子ども」のための情報を発信しています。

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